Article

「筋肉質で柔軟な経営に欠かせないBSMとは何か」

新型コロナウイルス感染症の影響で業績悪化や収益減少に直面する多くの企業にとって、無駄な支出を省き、迅速に経営を立て直すことは喫緊の課題となっています。こうした中、注目を集め始めているのが支出管理に特化した「BSM(Business Spend Management)」です。

企業経営におけるあらゆる情報の取得が可能になり、営業活動管理のSFAや顧客情報管理のCRM、人的資源管理のHRM、そして原価管理のSCMなど、情報の種類と活用目的ごとにさまざまな情報管理ツールが登場しています。これらに続くBSMとは「会計データや購買データを用いて、企業の支出を管理・適正化する一連のプロセス」を意味し、昨今では特に間接材(主に一般販売管理費に含まれる勘定科目)を対象とした管理システムが注目を集めています。


すでに欧米をはじめとした多くのグローバル企業が積極的なBSMの導入によって筋肉質な経営を実現していることからも分かるように、無駄な支出を省き、企業の成長に寄与する投資にフォーカスできれば、間違いなく企業の利益は向上します。
本稿では、BSMが一体どんなものなのか、どのように取り組めばよいのか、初めての方にもわかりやすいように解説していきます。

1. 健康な経営状況に生まれ変わらせる救世主「BSM」とは?

限られた経営資源を有効活用するために支出を透明化し、企業の財政状況を正しく把握することは、すべての組織が最優先で取り組むべきことです。

◆ Phase1 コストの見える化
◆ Phase2 サプライヤーマネジメントとユーザーマネジメント
◆ Phase3 戦略的投資

支出管理のPhase1、つまり最初に着手すべきことは「コストの見える化」です。支出データを通じて間接材のコスト削減につなげるためには、現在の支出状況の詳細で正確な見える化が必要です。

購買担当者の経験や勘といった属人性にとらわれず、部署ごと、費目ごとの支出状況を誰がいつ見てもデータで確認できる状況にする「コストの見える化」は、コスト削減の最初の一歩として不可欠です。

Phase2「サプライヤーマネジメントとユーザーマネジメント」では、サプライヤーとの条件交渉でコストを最適化したり、社内で無駄に使いすぎているコストがないかを今一度確認し、必要な分だけ調達するよう内部で働きかけたりします。複数のサプライヤーから相見積もりをとり、適正な価格にしてもらえるように交渉をすることで、これまで払いすぎてしまっていた支出に気が付くことができ、積み重なれば大きな額のコスト削減につながります。 この時ぜひ並行して取り組んでいただきたいのが、同業他社との比較です。他社と自社を比べ、費目ごとの使用量や単価の違いを見ることによって、コスト削減余地や適正な市場価格を把握することができます。特に慣習で購買を続けていて、定期的に見直す機会を設けられていない企業は、この機会にぜひ取り組んでいただきたいと思います。

ここまでご紹介したPhase1とPhase2は、支出をいかに上手く減らし、企業の利益向上につなげられるかという、いわば守りのBSMです。
しかしBSMには、もう一段階上の攻めのBSM、すなわちPhase3「戦略的投資」があります。これは、日々の業務に最低限必要な支出の管理にとどまらず、その支出が最終的に企業にとってそれだけの効果・価値のあるのかまでを考えて戦略的に支出する考え方です。企業は生み出しうる価値と想定されうるリスクを天秤にかけて投資を行いますが、自社の経営状況を正しく把握することができていれば、戦略的な投資計画も立てやすくなり、企業の競争力を高めることにもつながります。

2.企業の「間接材」支出を大きく変えるBSM

では実際にPhase1の見える化からPhase3の戦略的投資まで、一貫して企業のコスト管理に取り組めている企業はどれくらいあるのでしょうか。

一般的に、企業のコストは大きく2種類に分けられます。①商品を製造する際の原材料や部品、工場での製造コストといった、売上や利益に直結する「直接材」と、②光熱費や通信費、広告宣伝費など直接材以外のコスト全般を指す「間接材」です。企業にとって大きな支出となる直接材や設備投資費、研究開発費、人件費は、企業が主体的に予算を組み立てる費用ですから、コストの見える化や、投資対効果の評価体制ができている企業が多いように思います。

一方で、事務用品費や設備管理費、通信費などの間接材に関しては、BSMの入り口であるPhase1「コストの見える化」すらできていない企業がほとんどです。その背景には、①間接材調達を専門で扱う部署がなく、個人や部署ごとで調達を行ったり、調達担当者の経験や直感的な判断に頼って購買することが多いこと、②間接材費目が多種多様で細分化されていること、③同じ企業内でも事業部やエリア、また子会社・関連会社ごとに発注・請求が統一されていないことなどが考えられます。経理データ処理段階で勘定科目名とその支払金額を管理している企業は多いと思いますが、「どのような仕様/条件で」「単価がいくらのものを」「どれだけ購入したのか(量)」を詳細かつ一元的に管理し、すぐにデータで出力できる企業は、残念ながらほとんどありません。実際に、多くの企業の財務責任者が、間接材費目への支出状況を正確に把握できていないことを課題として挙げています。

しかしながら、実は平均して企業売上の 6%から8%ほどを間接材コストが占めており、売上が一兆円の企業であれば、間接材コストは600億円から800億円にも上ります。そのため、これまで払いすぎていた間接材の支出を必要な項目に絞り込むことができれば、大幅な収益率改善を見込める可能性が極めて高いのです。

3.BSMの概念は企業にとって欠かせない理由とは

ここからは、BSMが企業の利益創出につながる仕組みを改めてご説明します。

まず、Phase1「コストの見える化」によって、持続的なコスト削減意識が社内で醸成されます。それによって適正な状態が保てているかどうかに対するチェック機能が働き、適正な購買を維持・継続し続けることにつながります。

Phase2「サプライヤーマネジメントとユーザーマネジメント」は、コストの最適化と適切な支出管理につながります。ここで注意が必要なのが、一見コスト削減にしっかり取り組んでいるものの、実は正しくコスト削減できていないケースです。例えば複数社から相見積もりをとって安く調達できていたと喜んでいたとしても、それが業界水準で最安値・最適値かどうかまで把握できるケースは極めて少ないと考えられます。さらに、やみくもなコスト削減への着手は、企業としてリスクを負う事にもなりかねません。一例として、これまで使っていたシステムの替わりに、月額料金が安い新たなシステムを導入したとします。これがもし、現場の声や仕様をよく吟味せずに決めた導入で、社員にとっては使い勝手の良くないシステムだったとしたらどうでしょうか。年間の支出は減りますが、現場の効率悪化や品質の低下、果てはビジネス上の機会損失にもつながりかねず、結果的には業績の悪化に直結します。これでは企業にとって正しいコスト削減とはいえません。反対に、一時的に大きな支出を伴ったとしても、社員の業務効率が上がり、これまでよりも業績が上がったとすれば、結果として正しい支出であったという事になります。Phase1と2を経て、企業にとってプラスとなる支出管理を目指すのが、BSMのPhase3「戦略的投資」です。

企業の業績回復が進んできたとはいえ、先行きがいまだ不透明な状況においては、お金を戦略的に活用していく方法を考えることが今後企業の成長のための課題となります。そうした中、企業が本当に意味のある出費なのだと納得をして支出(=投資)することが、売上や利益とどのように連動するを追跡し、正しく把握しておくことは大切です。いうまでもなくこうした取り組みは継続が大切であり、戦略的投資によって良い成果が出たからといって追跡をやめてしまうのでは意味がありません。企業が目指す成果や戦略的投資をすべき領域は常に変化し続けていくと思いますので、BSMの活用によって企業の経営状況を正しく把握し、振り返ってあの時の投資が正しかったと評価するためにも、冷静に追い続けることが不可欠です。


BSMはいわば企業の健康状況を逐一見守るリアルタイム健康診断システムであり、企業の健全な成長に欠かせない存在となるのは必然のことなのです。

BSMを導入し、見える化した支出データを活用して戦略的に投資できている企業は非常に競争力が高まっています。まだまだ日本では新しい概念であるBSM(Business Spend Management)ですが、早いタイミングで取り組むことが企業経営にとって重要な戦略になると考えます。