「2030年にCO2 46%減(2013年比)、2050年カーボンニュートラル」の政府目標に沿って、自社のCO2削減目標を策定し公表している企業が近年増えています。しかし、企業努力による省エネルギー設備への設備投資や再生可能エネルギーの導入だけでは達成が難しいケースが多いのが現実です。そこで、「カーボンクレジット」と呼ばれる仕組みによりCO2の排出量削減効果を取引できる制度が各種用意されており、その中でも、「ボランタリークレジット」と呼ばれる民間事業者間の自主的な売買が活発になっています。
この記事では、ボランタリークレジットの概要とメリットについて簡単に解説します。代表的なボランタリークレジットの種類と新たな取り組みについても説明しますので、CO2の削減に取り組む企業の経営者や実務ご担当者の方はぜひ参考にしてみてください。
ボランタリークレジットとは
「ボランタリークレジット(Voluntary Credit)」とは、二酸化炭素(CO2)に代表される温室効果ガス(GHG)の排出権を取引する制度である「カーボンクレジット」の一種です。ボランタリークレジットはカーボンクレジットの中でも、NGO(非政府組織)や企業、団体などの民間セクターが主導し運営している制度のものを指します。
ボランタリークレジットの位置付け
カーボンクレジットは大きく分けて次の4つに分類され、ボランタリークレジットは④に該当します。
- 国連が主導して実施するクレジット(JIやCDM等)
- 二国間の交渉で進められるクレジット(JCM)
- 各国で独自に実施する制度(J-クレジット制度※1、CCER等)
- NGOなどの民間セクターが主導して実施するクレジット(VCSやGS等)
1〜4のクレジット制度は、国や地域の排出量削減目標や排出量報告制度などの規制や制度に基づいて定義されており、規制市場・コンプライアンス市場と呼ばれています。
一方、4はボランタリークレジットのことであり、民間企業が自主的にクレジットを活用することが前提の制度です。
(カーボン・クレジット概要:クレジットの大まかな分類)
参照:経済産業省HP 「カーボン・クレジット・レポートの概要 2022年6月」 P16
※1 日本においては、政府主導のカーボンクレジット制度として「J-クレジット」が運用されています。
クレジットの創出にあたってCO2の削減や吸収のプロジェクトを立ち上げ、審査を受けてから実測値を検証するまでの期間が長く、スケジュール的な余裕が必要となることが課題とされています。
ボランタリークレジットの活用方法
ボランタリークレジットは、政府主導のカーボンクレジットと同様に温室効果ガス(GHG)の削減または吸収量として扱うことができます。その手順としては次の通りです。
①GHG削減プロジェクトの認証と発行
ボランタリークレジット制度を運営する認証機関によって、温室効果ガス(GHG)の削減効果があるプロジェクト(再生可能エネルギーの導入や森林管理プロジェクトなど)の削減効果が確認されると、認証機関からボランタリークレジットが発行されます。
②クレジットの取引
発行されたボランタリークレジットは、カーボンオフセットを希望する企業や団体などによって購入されます。購入金額は定額ではなく、企業間の相対取引によって決定されることが一般的です。
③GHG排出の相殺
ボランタリークレジットの購入者はカーボンオフセット権の行使により、自らが排出する温室効果ガス(GHG)の量を相殺することができます。
代表的なボランタリークレジットの種類
代表的なボランタリークレジットとして、「VCS」「GS」「CAR」「ACR」の4制度が主に知られています。2018年の年間取引量における主要4クレジットのシェアは、以下の通りです。
- VCS(Verified Carbon Standard)・・・66%
- GS(Gold Standard)・・・20%
- CAR(Climate Action Reserve)・・・3.2%
- ACR(American Carbon Registry)・・・1.6%
Verified Carbon Standard (VCS)
2005年にアメリカの民間企業団体によって設立され、NPO法人「Verra」が運営管理する、世界で最も流通しているボランタリークレジットです。「REDD+」に代表される途上国の森林保全や湿地保全によるGHG排出削減プロジェクトなど、多種多様なプロジェクトが実施されていることが特徴です。
Gold Standard (GS)
2003年にWWFなどの国際的な環境NGOが設立したボランタリークレジットです。
Climate Action Reserve (CAR)
2001年に創設された「CCAR(California Climate Action Registry)」を起源に持つボランタリークレジットです。
American Carbon Registry(ACR)
NPO法人「Winrock International」が1996年に設立した、世界初の民間クレジット認証基準・制度で、ボランタリークレジットの草分け的存在と言えます。
ボランタリークレジットのメリット・デメリット
ここでは、ボランタリークレジットを活用することのメリットとデメリットについて説明します。
ボランタリークレジットのメリット
・国の規制による制約を受けない
ボランタリークレジットは、NGOなどの民間セクターが主導のため、国の政策的な制約がなく使い勝手が良いことから、近年注目を集めています。民間主導で相対取引であることを生かした、スピーディな排出量取引が期待されています。
・クレジットの創出方法が多岐にわたる
政府主導のカーボンクレジットと比較して、クレジットの創出方法が多岐にわたり柔軟に対応できるというメリットがあります。
代表的な認証例として、下記のようなプロジェクトがあります。
- 太陽光発電の導入、風力発電所の建設、バイオマスエネルギーの利用などの再生可能エネルギーの利用
- 森林の保護や再植林などの森林の持続可能な管理を通じたCO2吸収の促進
- LED照明設備の導入や、燃料転換によるボイラーの更新などの省エネ設備の導入
・サステナブルな社会の実現に貢献する
温室効果ガス(GHG)排出量の削減以外にも副次的な効果があるとされています。GHG削減プロジェクトの認証段階で、SDGsを間接的に考慮する動きが出ています。ボランタリークレジット活用を通した、サステナブルな社会の実現への貢献も、今後期待されています。
ボランタリークレジットのデメリット
・取引価格の不確実性
ボランタリークレジットは前述のように、企業間の相対取引で価格が決定されます。常に変動する需要と供給のバランスによる市場原理が働くため購入価格を予測しづらく、企業にとっては予算管理をしづらいというデメリットがあります。
・GHG削減プロジェクトの信頼性の担保
ボランタリークレジットは国連や政府による認証ではなく民間主導の制度ですので、信頼性の担保には注意を払う必要があります。購入に当たっては適切な認証機関によって認証された信頼性のあるGHG削減プロジェクトを選択したうえで、自社でも十分に検証を行いましょう。
新たなボランタリークレジットの取り組み
ボランタリークレジットを活用した、新たな取り組み事例を2つご紹介します。
航空業界における取り組み
国際民間航空機関(ICAO)は、2020年以降の温室効果ガス(GHG)排出量の増加を防ぐために、市場メカニズム手法としてカーボンオフセットスキーム「CORSIA」を2021年より開始しています。
2021年から2035年の累積で16〜32億トンものクレジット需要が発生するという試算結果も公表されております。削減のためのカーボンオフセットの手段として「VCS」「GS」「CAR」「ACR」などの主要ボランタリークレジットの利用が認められています。
CCSのクレジット化に向けた取り組み
火力発電所や化学プラントなどから発生したCO2を分離および回収し、地中深くに貯留する技術である「CCS(Carbon dioxide Capture and Storage)」をボランタリークレジット化する取り組みも始まっています。CCSに関連した事業をボランタリークレジットに適用し、ビジネスの拡大を目指す新たなイニシアティブ「CCS+」が2021年に設立され、日本からも鹿島建設や三菱商事が参画しています。
まとめ
政府目標である「2030年にCO2 46%減(2013年比)、2050年カーボンニュートラル」達成のために、CO2排出量の削減への取り組みが民間企業にも求められています。ボランタリークレジットは、CO2排出量削減目標を達成するうえでの一つの有効な施策です。自社のCO2排出量状況や、考え方などを考慮しながら、省エネルギー化への取り組みや再生可能エネルギーの導入と併せて検討していくことが肝要です。
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